深刻な世代間格差問題
今現代に生きる私達には深刻な世代間格差の問題が横たわっています。
イエール大学アシスタントプロフェッサーである成田悠輔氏の「高齢者の集団自決」発言に象徴されるように、経済的に恵まれ、老後を逃げ切れる老人世代への怒りを煽る論調が溢れています。成田氏の発言もその文脈の中での彼なりのパフォーマンスであったと思います。しかし、この発言は、ニューヨーク・タイムズを中心に「エイジングヘイト」(世代間差別)発言として世界中で大問題として取り上げられています。
日本のマスコミは今まで彼を新進気鋭の経済学者として持ち上げていた手前、この問題に触れずに済ましています。
ただ、今の日本では多くの若者を中心に、成田氏の発言に密かに共感を覚えるような社会の空気が蔓延しています。これは、ひとえに日本人の給与が安すぎて、経済的余裕が失われていることに起因します。給与の安さ、税金と社会保険料の高さ、将来の不安の増大、当然の結果として消費は冷え込み、経済成長は低迷し、結婚、そして子供を産み育てる意欲を若者から奪っていきます。若者の凶悪犯罪の増加も、精神的な閉塞感と経済的な困窮、それでいて富める者の裕福で華やかな生活がインターネットを通して、リアルな動画で配信され続けていますから、経済格差による絶望感と社会に対する恨みから精神が荒廃してしまうのも頷けます。そこに来て、エネルギー、物価の高騰ですから、昔なら全国各地で一揆のような騒乱が起こってもおかしくない社会状況です。
少子化対策も増税して金をばらまく政策ばかりで、将来に希望が持てる政策ではありません。
なんだか、世代間格差を利用した印象操作が行われているような気がします。そこには、個人の貯蓄をはき出させて、増税を認めさせる意図が感じられます。
老人のタンス預金をはき出させることを、経済発展の議論として取り上げる経済学者がいますが、老人の資産はそのままにしておいても、いずれ相続税や家族への相続で社会や次の世代に還元されるものですから、本当に必要な政策はそこではないはずです。
本当に必要な政策を考えることのできない者ほど、大衆の※「ルサンチマン」感情からの嫉妬や憎悪を煽り、知恵亡き正義を振りかざす傾向があります。その言説からは、不毛な分断された社会しか生まれません。
※「ルサンチマン」とはニーチェらが使った哲学用語で、強い立場にある者への嫉妬羨望による憎悪恨み非難の感情をさし、強者へ仕返しを欲する弱者の心のこと。
世代間の格差を生む最大の要因は、社会的急性アノミー
それでは、どうしたらよいのかということですが、まず、世代間格差を生み出す急性アノミー状態について理解し、日本において過去に何が起こり、それにより意識はどのように分断され、そして価値観はどのように変遷したのかを知る必要があります。
「アノミー」とは、社会の無規範や無秩序を説明する用語で、フランス人社会学者のエミール・デュルケームが『自殺論』で提唱した概念です。
『自殺論』では、「自己本位的自殺」「集団的本位的自殺」「アノミー的自殺」という社会的自殺の3類型が提示されました。
日本では社会学者の小室直樹博士が『危機の構造』(中公文庫)という本の中で、「アノミー状態」とはどういうものなのかについて、終戦直後の日本を例にとって説明しています。
「急性アノミー。これは、簡単にいえば、信頼しきっていた者に裏切られることによって生ずる致命的打撃を原因とし、これによる心理的パニックが全体社会規模で現れることにより、社会における規範が全体的に解体した状態をいう。」《引用・『危機の構造』小室直樹・著》
世代間の格差を生む最大の要因は、急性アノミーによる社会規範の解体であり、新たな価値観への移行に対応できなかった人と対応できた人との間に生まれる社会的な断絶なのです。
社会的な急激な変化により、今までの価値観が打ち砕かれたことで、精神的パニック状態になった人間が、今までの価値観になんとかしがみついて生きながらえようとするのか? それとも、今までの価値観を捨てて、新たな価値観や帰属集団を求めて変わろうとするのか? によって分かれます。
前者は当然、今までの価値観で生きてきた経験年数の多い高齢者に多く、後者は今までの価値観の影響がより少ない若者に多いと考えられます。これにより価値観の分断と世代間格差が生まれます。
急性アノミーを生み出した歴史的事件
日本人の価値観に影響を与えた歴史的事件を年代順に並べてみました。
●1868年 明治維新・・・・・・・・ 武士の世が終わる、帝国主義時代
○1929年 世界大恐慌・・・・・・・ グローバル経済からブロック経済圏へ
●1945年 日本敗戦・・・・・・・・ 日本的価値観否定、経済優先主義
○1960年 安保闘争・・・・・・・・ 社会主義革命の挫折、アウトサイダー
○1973年 オイルショック・・・・・ エネルギー危機、内向き思考、オタク・ヤンキー文化
●1990年 バブル崩壊・・・・・・・ 土地神話の崩壊、就職氷河期、現実世界からの逃避
○2008年 リーマンショック・・・・ 金融恐慌、リストラ、終身雇用終了
○2011年 東日本大震災・・・・・・ 原発停止、脱拝金主義、絆
●2020年 コロナショック・・・・・ 社会構造の変革、リモートワーク、ロックダウン
○2022年 ロシア×ウクライナ戦争・・国連の機能不全、物価高騰、核戦争の脅威
○2023年 生成AI技術・・・・・・ 新たな社会変革、失われる職業の増大
●は、特に大きく日本の社会を変え、急性アノミー状態を引き起こした歴史的事件です。
○は、ある特定の人の価値観を大きく変えた歴史的事件です。
では、日本全体を急性アノミー状態にしてしまった四つの歴史的事件をピックアップしてみてみましょう。
1「明治維新」によって武士の時代は終わりを告げ、帝国主義時代へと移行していきます。そこには、武士道的価値観の崩壊による急性アノミーと帝国主義的価値観への移行にともなう世代間格差が生まれました。
2「日本の敗戦」によって、戦前までの世界五大国の地位も海外領土も失われ、米軍による占領政策により、徹底的に日本のすべてが否定されてしまいます。日本文化も含めた帝国主義的価値観の崩壊による急性アノミーと経済至上主義的価値観への移行にともなう世代間格差が生まれました。
3「バブル崩壊」によって、今まで積み上げてきた経済的繁栄が失われてしまいます。経済至上主義的価値観の崩壊による急性アノミーと内向き思考的価値観への移行にともなう世代間格差が生まれました。
4「コロナショック」によって、今まで成り立っていた組織や運営方法がロックダウンや移動規制により機能不全に陥りました。既存の組織の限界や不条理を認識した人々の間では、オンラインサロンに象徴されるシェアリングエコノミーが進み、会社組織に代わるコミュニティへの帰属意識が高まっています。そこに、生成AIの登場で多くの仕事が人間の手から離れることになれば、人の意識も変わり、社会も変革されます。
従来の組織に帰属しながら内向き思考的価値観で生きてきた人々が、新しいコミュニティを作り、その中で経済活動を行うコミュニティエコノミーへの移行にともなう世代間格差が生まれると予想されます。
世代間格差を超えるハイブリッド思考
急性アノミー状態から生まれる世代間格差を克服する方法は、ハイブリッド思考を取り入れることです。
ハイブリッド思考とは「どちらか片方を選択する」のではなく、掛け合わせて、どちらも生きる新たな最適解を探る思考のことです。急性アノミー状態の前と後の時代の両方を、ハイブリッド思考で自分の経験値として活用できる人間は、強く逞しい存在になれます。
古い価値観から脱却できない人は、無理に捨てようとせず、新しい価値観をおもしろがれば良いのです。ベースはあくまで古い価値観であっても、急性アノミーをもたらした社会的事件を体験できたことをプラスと受け止め、新しい価値観や新しいライフスタイルを少しでも活用しようと思うことです。
新しい価値観へ抵抗なく移ることができ、古い価値観に違和感を抱く人は、古典を学ぶ気持ちで、古の時代を研究する気持ちで書物やアナログ体験などで古い価値観を趣味として楽しむことをお勧めします。
最近のフィルムカメラやレコードなどのアナログ製品復権はエモーショナルな体験として若者のブームとなっていますが、それなども世代間格差を超える面白い趣味だと思います。
本当にクリエイティブで先進的な人ほど、古典や歴史などに造詣が深い印象があります。
彼らは、世代の壁を簡単に飛び越えてハイブリッド思考で考えられるのです。世代を超えた思考ができる人ほど先がよく見えるのかもしれません。私たちも世代を超えるハイブリット思考で生きていきたいものです。