ムーミンバレーパーク&メッツァビレッジ

「テーマパーク研究」

私は、愛知県の県立高校で「総合的な学習の時間」という教科の二年生を担当しているときに、ゼミ形式の「テーマパーク研究」という講座を開設していました。

講座は前後期入れ替え制で、生徒は半年間、週1時間の授業で、テーマパークの歴史と現状、フィールドワーク、企画シミュレーション、プレゼンテーションなどの課題探求的な学習に取り組みます。

当時は、テーマパーク全盛時代で各地にテーマパークが開園し、マスメディアがテーマパーク特集を組み盛り上げていました。日本全体が好景気に沸いていた時代です。

名古屋駅近くの笹島エリアには「ポケモンパーク」、名古屋港エリアには「イタリア村」なども開園し、生徒達と共にフィールドワークとして実際に現地調査も行いました。

講座の開設にあたり、最初に「世界の遊園地の歴史」、「日本の遊園地の歴史」を講義するために、いろいろと文献に当たり調べてみて分かったのですが、遊園地、テーマパークの多くが長くは続かず、最終的に閉園に追い込まれているケースが多いという事実でした。

1983年のテーマパーク元年と言われた時期以降建設された日本のテーマパークも同様です。
「リゾート法」の制定とバブル経済の影響もあって、日本各地に多くのテーマパークが建設され、開園しましたが、ディズニーリゾート、USJなどの一部を除き、バブル崩壊後は多くのテーマパークが経営難で閉園に追い込まれるなど結果は惨憺たるものです。

フィールドワークとして調査したポケモンパークもイタリア村もしばらくして閉園になり消えて無くなりました。

最近では廃墟と化したテーマパークをドローン撮影した映像や心霊スポットとして深夜に侵入して撮影された動画がYouTubeにアップされるなど、怖いもの見たさのコンテンツ材料になっています。

解体も撤去もされず荒れたまま放置される状況には、夢や希望を提供するコンセプトと経済効果を期待して建設された開園当初の映像との対比はあまりに悲しすぎます。多くの地方自治体が財政難であるため、再開発どころか、整理処分もできないのです。

「総合的な学習の時間」もカリキュラムの再編によりゼミ形式の講座が無くなったことから、テーマパーク研究についてもしばらく中断していました。

「ムーミンバレーパーク&メッツァビレッジ」

テーマパークや遊園地、観光スポットなどを調査することの必要性を感じたのは、ひらめき創造研究所の設立目的の一つに、「地域の活性化のコンサルティング」があるからです。

真の豊かさには、経済的豊かさ、文化的豊かさ、精神的豊かさのすべてが必要だと思っています。「地方創生と地域の活性化」を真の豊かさの観点から実際に成功している事例、失敗してしまった事例を研究することは、これからの時代を切り拓くために必要なことです。
私は事業としてテーマパークを含む観光資源の調査を開始することにしました。

2022年11月10日(木)に、埼玉県飯能市宮沢にあるムーミンバレーパーク&メッツァビレッジを現地調査してきました。

ムーミンのテーマパークができたという情報は知っていましたが、場所が愛知県からは遠く、なかなか行く機会がありませんでした。今回、スカイツリーのソラマチにあるムーミンカフェと合わせて現地調査することを決めました。

ムーミンバレーパーク&メッツァビレッジについては、同テーマパークの仕掛け人である、ロバート・ハースト氏 (ムーミン物語 代表取締役社長)について知る必要があります。

ロバート氏はケンブリッジ大学を卒業後、ペンシルベニア大学院に進学しました。その後、Bankers Trustの東京支店や世界銀行に勤務しています。世界銀行を退職後は日本の投資銀行に入社し約6年間の香港勤務を経て、日本に戻ります。

ロバート氏が「ムーミンバレーパーク&メッツァビレッジ」に関わることになるきっかけは、
2011年の東日本大地震でした。
復興の最中にある子供たちを励まそうと、フィンランドから仙台市の公園へムーミンの遊具を寄贈するプロジェクトが立ち上がりました。
初めにテーマパーク計画の相談が寄せられたのは、その遊具メーカーでした。しかしフィンランドの小さな会社で、日本支社もありません。彼らは投資銀行に相談し、担当者伝いでロバート氏に話が舞い込みました。
ロバート氏は2013年に「ムーミン物語」の大株主であるフィンテック・グローバルの会長になり、ムーミンバレーパーク&メッツァビレッジのプロジェクトが始まりました。

開業準備で最も苦労した点は、ムーミン谷のイメージに合う場所を探すことだったそうです。ムーミンと仲間たちが暮らす谷の風景を再現できる、自然豊かな場所でなければなりません。候補地はいくつかあり、北は北海道、南は九州まで、日本全国あちこち訪ね歩き調査したそうです。結果、現在の埼玉県飯能市に決まりました。

飯能市の宮沢湖周辺は、ムーミンの世界観に合うだけでなく、都心からのアクセスも良く、さらに飯能市は、かねてからムーミンとの深いつながりがあったそうです。
飯能市には「トーベ・ヤンソンあけぼの子どもの森公園」があります。この公園は市の職員がトーベに送った手紙がきっかけとなり作られた公園で、開設から20年以上市民から愛され続けているそうです。また、当時のトーベの手紙も市役所で大切に保管されていました。このような背景から、飯能市はムーミンとの関わりが深い場所だとロバート氏は感じ、ムーミンのテーマパークを開くのに最適だと判断したのです。

「フィンランド文化の発信地」

2015年6月30日に、事業主体のフィンテック・グローバルが「ムーミン」のテーマパークとして、埼玉県飯能市に「メッツァ」を2017年春にオープンすることを発表しました。「メッツァ」はフィンランド語で「森」の意味です。宮沢湖の周辺の約18万7000平方メートル(東京ドーム4個分)の用地に展開される施設は、無料の「メッツァビレッジ」と有料の「ムーミンバレーパーク」にエリアが分かれています。
開業時期はプレス発表の予定からは遅れて、パブリックゾーンの「メッツァビレッジ」が先行して2018年11月9日に開業、「ムーミンバレーパーク」が2019年3月16日に開業となりました。
「メッツァビレッジ」は、北欧時間を体感できる森と湖の楽園です。敷地の中に、マーケットやレストラン、アウトドア施設が並んでいます。
「ムーミンバレーパーク」はトーベ・ヤンソンが描いたムーミンの世界観が忠実に再現され、ムーミンの物語を追体験出来る工夫が随所にちりばめられています。
パーク内は「はじまりの入り江エリア」「ムーミン谷エリア」「コケムスエリア」「おさびし山エリア」の4つのエリアで構成されており、ムーミンをテーマにしたアトラクションやショップなどが配置されています。

今回の現地調査での印象は、すごく高評価をつけたいと思いました。
ディズニーリゾートやUSJとはコンセプトや規模が違い、単純に比較することはできませんが、良い意味でゆったりとした時間の流れと空間を演出してくれていたと思います。天候にも恵まれ、気持ちの良いリラックスできる時間が過ごせて、本当に心が安らぎました。
施設も綺麗でクオリティも高く、よく作り込んである感じで好感が持てました。
ただ、ムーミンについてあまり詳しくない私にとっては、もっと予習してから来たかったというのが本音です。以下、気になった点を上げておきます。
・天候が悪いときにどうなのか?
・「おさびし山エリア」はベビーカーでは坂が急すぎて危ない。
・「エンマの劇場」が観客と一緒に踊るような内容で、ちゃんとした演劇ではなかった。
・飛行おにのジップラインアドベンチャーが休止中であった。

滞在時間の関係でナイトツアーに参加できなかったこと、飛行おにのジップラインアドベンチャーやカヌー体験ができなかったことなどありますが、また、次回のお楽しみに取っておきます。
今回は日帰りでしたが、次回はオフィシャルホテルなどについても調査したいと思っています。

今回の現地調査の前に、名古屋のラシックビルにあったムーミンショップが閉店し、また、今回行くことができましたが、スカイツリー・ソラマチのムーミンカフェも閉店になることを知りショックでした。
『株式会社ベネリック』のライセンス契約が、2023年2月末日に終了することによる閉店だそうですが、『株式会社ライツ・アンド・ブランズ』という新会社が、新しくムーミンカフェやショップを展開することが決定しているということで、ムーミンファンにとっては嬉しい知らせです。

今回の取材調査の写真撮影には、2005年発売の富士フィルム FinePix F-10 (18年前のオールドデジカメ)を使用しました。
ブルーの張り皮は私のオリジナルです。皮のネックストラップでドレスアップして使っています。
手ぶれ補正も無ければ、動画性能はおまけのようなレベルです。今のスマホがあれば十分なのですが、なぜか写真を撮っていて楽しく感じるコンデジで、ついつい持ち出して使っています。このカメラを知ったことがきっかけで、オールドデジカメ沼に嵌まっています。
機会があれば、他のオールドデジカメについても紹介していきます。

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