科学と芸術の融合が人類を幸せにする

人類の希望

美意識、美的感性を研究してきて、まず問題にされるのは、「美的感性やセンスと言われる才能は後天的に得られるものなのか?」という問いです。

私の教育現場での経験と脳科学や認知心理学などの最新の研究から、先天的才能というよりも家庭環境や教育、本人のマインドセットによる後天的要因によるところが大きいと言えるのですが、世間一般では未だに生まれつきの才能だと誤解されています。

そのため、アートや美的感性をビジネスに活かすという発想も、海外のビックテック企業ではすでにいろいろな場面で取り入れられているにもかかわらず、なぜか日本では社会的に認知されない状態に止まっています。その原因は、教育行政の問題と経営者の知的バージョンアップが進んでいないことにあります。

今の教育行政は、グローバル時代を見据え、世界で通用する人材の育成のために、理系教育重視、実践的英語教育の推進、課題探求型授業の導入とそれなりに考えて進められています。
しかし、先進的な取り組みをしている諸外国の教育政策と比較すると、日本の教育には欠落している部分があります。それは創造性を担うアートです。

現在の世界の潮流は、理系教育重視だけの教育からアートを核にした教育に移行しています。日本の教育が、すでに周回遅れになっていると指摘される理由がここにあります。

アートを個人の情操教育としてのみ考える時代は終わりを告げています。昔の人が「読み、書き。そろばん」を、誰もが必要とする教養の基礎だと考えたように、これからはアートを知性の核として捉え、核であるアートの創造性や美的感性を伸ばし磨くための教育環境をつくる必要があります。

当然、社会の牽引役である企業の経営者のマインドセットも、アートに着目した新しい時代の流れに適応したものにバージョンアップされるべきなのですが、今までの仕事の流儀で成功した人ほど、なかなか頭を切り換えることができないのが現状です。

「ゼロベース思考」、「アンラーン思考」などのビジネス書が読まれる時代ですから、企業の経営者やビジネスパーソンも従来の考え方では生き残ることはできないと強い危機感を持っています。しかし、AI、デジタルトランスフォーメーション、再生可能エネルギーなどのトレンドに対応することに追われるばかりで、次世代の経営にアートを結び付ける発想までは至っていないのが実情です。

やはり、物心ついた頃に、アートや美的感性について誤った認識で育ってしまったことの影響は大きいと思われます。とくに、高学歴の人ほど美術を苦手にし、「アートは特殊な人による特別な活動である」と考える傾向が強いです。そのためアートの有効な利用方法が分からないのです。

バイオテクノロジー、AI、ロボット技術の急激な発展と新型コロナウィルスによるパンデミックやウクライナ戦争など世界は大変な混乱期にあって、人々の意識や社会構造が急激に変化し、先が見えない混沌とした時代に私達は生きています。私達は生きていく上で何を心の拠り所に考え、判断し、行動していったら良いのでしょう。私も悩みながら、いろいろと考え、調べ続けてきて、ある日本人の存在を知りました。

それは世界中の寄生虫による感染症に有効な抗寄生虫薬「イベルメクチン」を研究開発した大村智先生の存在です。大村先生は「イベルメクチン」の開発による功績により2015年ノーベル生理学・医学賞を受賞されます。しかし、大村先生は薬の開発だけではなく、日本の産学連携の先駆者でもあり、女子美術大学の理事長や開智学園の名誉学園長なども歴任され、教育界にも多大な功績を残しています。また、全国の病院と女子美の学生達の作品を結び付け、病院にアートを取り入れることで「病院を心が癒やされる空間」にする「ヒーリーグアート」の先駆者でもありました。また、美術作品のコレクターでもあり、山梨県韮崎市に、大村先生自身が収集してきた女流作家を中心とした2,000点余の絵画や陶器を展示する韮崎大村美術館を建設し、収蔵品と共に韮崎市に寄贈し初代館長を務められています。

微生物学の権威にして、教育者であり、美術の守護者である大村先生の信条が、「科学と芸術の融合が人類を幸福にする」であることを知ったとき、この言葉の真の価値に気付き、心が震えました。

長年、人類の未来を切り拓く力にアートは必要だと語ってきた私にとって、そのことを実際に具体的な行動として実践されてきた大村先生の人生は、私にとって希望の光です。

私は教育現場を中心に、「美的感性は必要か?」という特別講義を15年以上続けてきました。そして、その講義の最後には、必ず女子美のヒーリーグアート実践と合わせて、大村先生の信条「科学と芸術の融合が人類を幸福にする」のお言葉を紹介し、「私達人類の希望はここにある」と語っています。

科学技術はこれからも発展し続けるでしょう。しかし、その科学技術を人類の幸福のために有効に活用できるかは、私達の精神レベルによります。個人や特定の組織の利益やエゴを越えた、本当に美しい心にのみ科学技術の制御は任されるべきです。そこに、大村先生の信条「科学と芸術の融合が人類を幸福にする」の真の意味があります。科学と芸術の融合という発想を人類が共通認識として共有する時代をめざす、ここに人類の希望があると思っています。

愛知県在住の女子美卒業生の皆様のご縁もあり、尊敬する大村先生に2023年5月25日に北里大学大村研究室にて、面会の機会をいただきました。その折には、女子美のヒーリーグアートに関した資料や大村先生の御著書、そしてサインもいただき私の宝物になりました。

大村先生の信条「科学と芸術の融合が人類を幸福にする」を、より社会に広めるべく、微力ながら「ひらめき創造研究所」の事業の中心理念として位置づけて、今後の活動に取り組んでいきたいと思っています。

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